夕焼けが赤くて






季節は夏から秋へと変わろうとしている。

夏のあの暑苦しさはもうさほど無く、西に下りる太陽が真っ赤に萌え、辺りをオレンジに染めていく。

まだ少し生ぬるい風がざわざわと夏を残す。

赤とんぼが飛び、草村からは心地いい虫の鳴き声が辺りに響きわたる。

あの、青く澄んだ夏はもう終わりと告げるように、涼しげに虫達は鳴く。



そんな中、墨縄家の縁側に座り、うつらうつらと気持ちよさそうに、柱に寄りかかるようにして

五右エ門は寝入っていた。

「…五右エ門さま〜!」

縁側に座る五右エ門を見つけ、紫が声をかけようとするが、すぐに五右エ門が寝ているのに気付く。

紫はそろりと背後から近付き、少しうつむき加減になっている五右エ門の顔を覗き込む。

「…めずらしい、五右エ門さまが寝てるなんて…、いつもだったらすぐに起きちゃうのに…。」

いつもの五右エ門だったらすぐに人の気配を感じると目を覚ますのに、今日に限ってはこのあまりにも

気持ちいい雰囲気と、墨縄家で感じる安らぎが五右エ門を油断させていたのだろうか。

「………」

つい、じぃっと五右エ門の寝顔を見つめる。

(だって、いつもはこんなに近くでこの人の顔なんか見れないんだもん。

…あ、

結構まつ毛長いんだ…。

…なんか、やっぱり五右エ門さまってキレイな顔してるなぁ。)

なんだか、見てるだけなのに心臓がドキドキしてくる。

もし、ここで五右エ門が目を覚ましてしまったら、こんな至近距離で目が合ってしまったら、絶対にうろたえる。



(…私、やっぱり五右エ門さまの事が好きなんだ…)



いつからだろう?

初めて出会った時は、ちょっと近寄りがたい感じさえしたのに、

あの鋭い眼差しがちょっと怖くて、話かけるのも気が引ける感じだったのに、

でも、お話したら、そのとたんにあの目が優しくなって、ふわりと笑うの。

口数もそんなに多くは無いけど、でも、いつも丁寧に答えてくれる。

少し笑いながら、ちょっと照れる仕草がなんだか以外だった。


一つ一つ、あなたの事を知っていくたびに、

あなたを好きになった。

もっと、あなたを知りたい。

そうしたら、もっともっと、あなたを好きになる。


(…)

ふと、五右エ門の背中を見る。

スラリと細いが、それなりに体格のいい五右エ門の大きくて広い背中。

(ふふ、いきなり後ろから抱き付いて起こしちゃおうかな?きっと顔真っ赤にしちゃって驚くだろうな。)

思わずそんないたずら心がよぎるが、その背中に手を沿え、膝をついてゆっくりと頬をつける。

着物を通して、五右エ門の暖かい温度が伝わってくる。


(ずっと、こうしてたいな…)

紫の指が五右エ門の背中をスッとたどる。


(あ!そういえば子供の頃によく背中に文字を書いて、当てっこしたっけ。)

思い出して、くすりと笑うと五右エ門の背中に指を沿え、


(…寝てるから分かんないよね。)

スッと人差し指を五右エ門の背に添えて、文字を書く。



「…五右エ門さま、私ね…

五右エ門さまの事……。」



ス・キ




軽く人差し指で、スゥッとなぞる。

最後にはハートマークも付けてみる。

くすりと笑うと、なんだかちょっと照れてくる。

「…ふふ…、やだ、もう。」


(五右エ門さまは、まだ私の気持ちなんて知らない。

今は寝てるんだもん。

だから、さっきの私が書いた文字は、分からないよね。)



紫は確認するように、また五右エ門の顔を覗き込む。

やっぱりまだ寝てる。



ちょっと安心したように、今度は五右エ門の隣に座ってみる。

もう辺りは夕焼けのオレンジに全体が染まり、少し薄暗くなりかけていて、

紫の顔も、五右エ門も、赤く夕日に照らされていた。


「…五右エ門さま……。」


ポツリと横顔を見ながら名を呼ぶ。

ふと、肩に紫の手が置かれ、五右エ門の頬に少しだけ

ほんの少しだけ

暖かくて柔らかいものが触れた。



「…良かった、五右エ門さまが寝ていて。」


クスリと照れ笑い、そのまま横に座って五右エ門の肩に少しだけ寄りかかる。


(ずっと、こうしてたいなぁ…。)


いつまでも萌えるオレンジの夕日と、鳴り止まない虫達の鳴き声と

頬をかすめる生暖かい風と

何よりも、隣で寝ている五右エ門に少しだけ体温を感じるくらいの

この、今の時が気持ちよすぎてなんだかこっちまで寝てしまいそうになってくる。



「紫〜!お〜い、おらんのか〜!」

ふと、墨縄老人の呼ぶ声がして慌ててガバっと起き上がる。


「あ!いっけない!!お夕飯の支度途中だったっけ!!やっば〜い。」

何やら少し、焦げ臭い臭いがしてくるのに気付き、

慌てて紫は台所に走っていく。






「…………………」

はぁ、と深呼吸をするように、五右エ門は息をつく。

体制を治して、顔にかかる髪を手でかきあげる。

よく見ると顔が耳まで真っ赤になっていた。

実は起きていたのに、

赤い夕日に照らされていたからだろうか、

顔に体温が上昇していくのが分かったから、きっとたぬき寝入りだと

ばれるだろうと思っていたのに。


先程まで感じていた紫のぬくもりと、背中に添えられた指。

触れられた頬に手をあてて、

「参った…。」

どうしていいか分からずに、でもなんだか顔がゆるんでくる。


紫の行動の一つ一つが、五右エ門にはかわいくて、かわいくて

つい、顔がゆるんでしまい、赤くなる。


五右エ門は赤くオレンジに染まる太陽を眩しそうに、少し困ったように笑ってポツリとつぶやく。

「………夕日が赤くて良かった…。」





「あ〜ん、せっかくの煮物が焦げてる〜〜〜!」

「火をつけっ放しにするからじゃ!ドコに行っておったんじゃ、まったく。」

「ぅえ〜ん、だってぇ〜〜…。」



台所からいつものように、二人の会話が聞こえてくる。

そんな日常の光景が、墨縄家が、夕焼けがあまりにも心地いい。


五右エ門はふわりと笑うと、背伸びをした。


それは夏から秋へ変わろうとする日々の、ほんの少しの出来事。



一応、設定的にはまだ二人とも告白とかしてない時期。二人が意識しだした頃を、
紫ちゃんのゴエへの告白っぽいのを書いてみたかったのですよ。
だから次はゴエの告白を書こうかなぁ。。。誰か書いてくれないかなぁ。。。

→topページへNovelTopへ